理不尽な兄との攻防戦2


もそりと、兄貴の腕の中で身動ぎ何とか顔を上げる。

兄貴の頭の向こうでは目覚ましが煩いぐらい鳴り響いていた。

「んっ…兄貴、朝…」

俺の前髪に吐息が掛かってくすぐったい。

「………」

兄貴は声を掛けたぐらいじゃ起きねぇって程寝汚ない。だから、軽く胸をべしべしと叩く。

「起きろって、兄貴!俺、学校あるんだからさ!」

「…ぅ…、朝から耳元で喚くんじゃねぇ」

グッと頭を強く抱き込まれて息苦しくなる。

「ぐっ―…ちょっ…!」

「学校なんざ休め」

寝起きで掠れた低い声が鼓膜を震わせ、ゾワリとした悪寒にも似た震えが背筋に走った。

「っ、なに馬鹿なこと言って…―っ」

「葉月。お前は俺と学校、どっちが大事なんだ?あ?」

「え…?」

唐突に突き付けられた二択に俺は思わず動きを止め、顔を上げて兄貴を見やる。しかし、頭を抱き込まれているせいで兄貴の顔を見ることは出来ない。

「それってどういう?」

兄貴か、学校か、って。そんなの比べるもんじゃないだろ?

だから俺は素直に聞き返した。

「なぁ、兄貴?」

けれど、いくら待っても兄貴からは返事が返って来ない。

これはおかしいと気付いたのは兄貴の規則正しい寝息を聞いてからだった。

「〜っ、この馬鹿兄貴!完璧遅刻だあぁぁ!!」

「ん…ぅるせぇぞ、葉月…」

俺は兄貴の腕を火事場のなんとやらで振り払い、兄貴の横に抱き枕を突っ込んでその日は学校へ向かった。

その後、自分の身に降りかかる出来事を知るよしもなく。







だらだらと冷や汗が背を伝う。

どうしてこんな事に…っ。

視線を反らそうにも、ガッチリと顎を掴まれていて逃げられない。

俺は上擦った声で、なるべく相手を刺激しないように恐る恐るお伺いを立てた。

「あ、兄貴っ…何で兄貴がここ(学校)に…」

そう聞くと、不機嫌そうに細められた瞳が更に不穏さを増す。

「何しにだと?はっ、良い御身分だな」

「は…?そっちこそいきなり来て何の話だよ」

何だか一方的に追い詰められてる感にムッときて俺はつい言い返した。

勝てもしないのに。

すると、兄貴はさも可笑しいと言わんばかりにクツリと口端を吊り上げた。俺の顎を掴んでいる手とは逆の手をおもむろに持ち上げ、言う。

「兄貴をパシらせておきながら良い御身分だなぁ葉月」

その手には、青い包み。

「あーっ!俺の弁当!」

ちなみに今は二時間目と三時間目の間にある貴重な短い休み時間だったりする。

「うるせぇ、叫ぶな」

「持ってきてくれたのか!やった!兄貴、さんきゅ!弁当無いと午後しんどいんだよ!」

弁当を忘れていたとは、危なかった。いつも弁当な俺はあまり持ち合わせがない。まぁ、いざとなったらダチからカンパしてもらうって手があるけど。

今の状況も忘れて、俺はぱぁっと表情を綻ばせた。

「…そんなに嬉しいか?」

「あぁ!だってよ、弁当があるのとないのじゃ午後のモチベーションが違うって!」

俺は弁当を受け取るべく手を伸ばす。

「おい、他に何かねぇのか」

しかし、グッと持ち上げられた顎と、近付いた顔にそれを阻まれた。

「他って何だよ?お礼なら言っただろ」

早くしないと休み時間が終わる!

グッと眉を寄せた俺に兄貴は当然の事の様に告げる。

「世の中はギブ&テイク。英語が赤点なお前でも意味ぐらい知ってんだろ」

「…っ。何で赤点って知って…」

「俺に知らねぇことはねぇ。それより弁当が欲しかったら大人しく目ぇ瞑れ」

「は?」

「いらねぇんだな。じゃぁ俺は帰る。精々腹でも鳴らしながら頑張れ」

あっさり解かれた拘束とその言葉に俺は慌てた。

せめて弁当だけは!

「待てよ兄貴!」

踵を返した兄貴の腕をつかんで見上げる。悔しい事に兄貴は俺より背が高い。

「目でも何でも瞑るから弁当は置いてってくれ」

「ほぅ、良い心掛けだな」

足を止め振り返ってくれた兄貴にホッと安堵したのも束の間、俺は壁に押し付けられた。

「え?兄貴?」

「何でもすんだろ?目ぇ閉じろ」

どこか曲解してとった兄貴に気付かず、俺は弁当の為だとぎゅっと目を閉じる。

するとふっと兄貴が笑った様な気配がして、

「ん!?…ぇ、ちょ…ンんっ…!!」

パチッと目を見開いた。

何でまた兄貴とキスしてんだ俺ぇー!

驚いた拍子に開いた口の中へ、ぬるりとした何かが。

うわぁ〜〜っ!!

「ンふっ…はっ…ぁっ…」

ヤバイっ、気持ちイイ…
ゾクゾクとした感覚に肌が粟立つ。

「…ん…ぁ…」

このまま流されたら…
って、何考えてんだ俺!
そして兄貴!

ハッと我に返った俺はプルプルと震える拳を握りしめ、振り上げ…ようとした所で不意に兄貴が俺から離れた。

「っは、…はっ、何、すんだよ」

「この前も思ったがお前下手くそだな」

何がとは聞きたくもない。

「まぁ良い。教え込めば良いだけの話だ」

じゃぁなと、用は済んだとばかりに兄貴は弁当を置いてさっさと帰って行く。

「何なんだよ…」

火照る頬をおさえた俺の頭上で、三時間目を告げるチャイムが虚しく響いていた。





(でも、気持ち良かったな。…って、ちがーうっ!!)
(流されたからとは言わせねぇ。いずれはお前から…)

END.

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